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2012年4月

人生最後の食事 (by デルテ・シッパー)

Photo© 2011 シンコーミュージック・エンタテイメント


ドイツの一流シェフ、ループレヒト・シュミットが料理の腕を振るっているのは、ロイヒトフォイヤーというホスピス。

数年前に「24時間後に自分が死ぬと知らされる」という内容の日本映画があり、テレビでその映画の紹介を見たときに、自分だったら24時間で何をするかなぁ?とぼんやり考えたことを思い出しました。

私がまず思いついたことは、普段時間があったらゆっくりやりたいなぁと思いつつできていないこと。

・英語の勉強
まあこれは、24時間後に死ぬとなったら確実にやりません。

・ヨガ
私は毎朝起きてすぐに20分間ヨガをやっているのですが、たまに、これをゆっくり1時間ぐらいやりたいなぁと思うことがあるのです。
しかし、じゃあ私はなぜ毎日ヨガをやっているのか?もちろん健康のためです。毎日体調良く過ごせるため。
ということは、24時間後に死んでしまうとしたら、これもやらないでしょうね。

あとは、単純に自分が好きなこと?

・映画鑑賞
今、24時間後に死んでしまうと想像しつつ、何か映画を観たいか?と自分に問いかけると・・・別に観たくないみたい・・・。
映画を観るときはもちろんそれ自体を楽しんでもいるのですが、なぜ観ているのかと考えてみると、今後の人生を豊かにするため、こうやってブログに感想を書いたり誰かと映画の話をするのが楽しいから、です。
まあ、ブログを書いて自分の記録として残しておくことは無駄にはなりませんが、やっぱりもう映画の話をすることもできないと思うと観ていても楽しくないんじゃないかしら。

・飛行機に乗ってみる
私は飛行機に乗るのが好きなので、「どこかに行くため」ではなく、ただ飛行機に乗っていたい、と思うことがあります。
でもこれも死んじゃう前だったらどうかしら?大好きな飛行に乗ったからって?

・家族や友人と共に過ごす
たぶん悲しくて泣きっぱなしになっちゃうと思います。自分が家族・友人側でもそうなっちゃうだろうし。

こうしてみると、普段深くは考えていなくても、私たちがやっていること(好むと好まざるとにかかわらず)は、やはり今後の人生がある前提なんですね。
そうすると私に思いつくのは、大切な人たちに手紙を書くことぐらいでした。
あとは、まあ24時間あればおなかが空くし眠くなるので、結局この本能的な欲求をかなえることかなぁ。

この本は、まさにその「食べること」が、もうすぐ死んでしまう状態の人びとにとってどういう意味を持つか、ということが(ちょっとだけ)わかるものです。

私が上記のことを考えていたとき、もちろん「美味しいものを食べる」という項目も思い浮かびました。
しかし、これも他のこと同様、ただ経験するだけではなく未来に繋がっているものだと思ったのです。
今まで行きたいと思っていた、でもお値段も高いしなかなかねーというレストランにようやく行くことができたとして、もうすぐ死んでしまうとわかっていながら美味しいものを食べて幸せと感じることができるのだろうか?

ループレヒトもよくこの質問をされるそうです。
そして彼は、「美味しいものことを考えていれば少なくともその間は、自分たちがここにいる理由を考えずにいられる」「健康だろうと病気だろうと、美味しいものが舌の上でとろけるというのは、誰にとっても気持ちいいことであるはずだ」と言います。

毎日のように生と死を目の当たりにする職業(こういった医療関係者や警察官など)についている人が私自身を含め親しい人にはないので、こういう本を読んだり映画やドラマでそういった場面を見ると、彼らはどうやってその厳しい日々を乗り越えているのだろう?と思います。
私が今まで携わってきた仕事ももちろん誰かの役に立っているのだけど、命や生活のライフラインに関わるような仕事ではないので、そういう仕事に就いている人は毎日緊張感が違うんだろうなぁ。(まあ、どんな職業でも私より緊張感持ってお仕事されてる方はたくさんいらっしゃるんですけど・・・)

この本でも当然「死」に関わる場面はありますが、メインはあくまで「食べること」に関するお話です。
ループレヒトはとにかく、毎日毎日入居者それぞれに合った美味しい食事を作ることに全力を注いでいます。
毎朝彼らの部屋に行って話をし、体調を見ながら個々に希望を聞くのです。
実際こういうことが行われているホスピスは世界でも多くはないでしょう。
この本を読んで、たとえそれが数日間であっても、苦しい最期のときにこのような食事をいただけることは、本人にとっても家族にとっても慰めになるだろうと思いました。

それはこのホスピスのモットーの通り。
「人の寿命を延ばすことはできないが、一日を豊かに生きる手伝いはできる」

彼らはよくループレヒトに「思い出の料理」を再現して欲しいとお願いします。
これは、本人たちがいくら詳しく説明してもまったく同じものを再現できるはずがなく(特に別の人が作った場合、彼らにも詳しいレシピはわからない)、また、その「美味しかった思い出」というのは味によるものだけではないので、非常に難しい作業なんですね。
「新婚旅行で食べた」「小さい頃大好きだったおばあちゃんが作ってくれた」など、個人的な記憶が絡んでいるのです。
(まさに、このブログのタイトル「I'll remember the feeling」と同じこと)
そのため、彼らから満足のいく反応が返ってくるとは限りません。
しかし、ループレヒトは「シェフとしてのプライドもほどほどにしないといけません。それができないならここで働く資格なんかありませんよ」と言っています。
「僕は自分の腕前に自信を持っていますが、それを優先させているようじゃだめなんです」

私は食に関するこういったノンフィクションの本が好きなようで、アメリカのシェフ、アンソニー・ボーディン(彼はディスカバリー・チャンネルの「アンソニー世界を喰らう」という番組に出ています。彼、ほんとに何でも食べるの!)が著した「キッチン・コンフィデンシャル」という本もとても興味深く読みました。

美味しいものを食べられる、というのはとても幸せなことで、それを作ることができる、というのはほんとうに素晴らしいことだと思います。
毎日美味しいものを食べるためには、自分で作ることができるようお料理のお勉強と練習をするか、あるいは、お抱え料理人を雇えるよう宝くじを当てるかですね。

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