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2011年8月

1984年 (by ジョージ・オーウェル)

1984© 2009 早川書房


1948年にイギリスの作家、ジョージ・オーウェルが著した小説。

大好きなアメリカの作家、ポール・オースターの小説の中で、私が最も気に入っている作品が「最後の物たちの国で」だということを考えると、私はディストピア小説が好きなのかしら?

映画を観たり小説を読んだりするときに、よく「現実逃避」という言葉が使われます。
私は恋愛映画が好きですが、基本的に恋愛というのは映画で観るものではなく自分で経験するものだと思っています。
そのため、恋愛映画を観るのはそれほど現実逃避という感覚ではありません。あくまで参考というか。
しかし、このようなディストピア小説を読む(そういう映画はあまり観たことがない気がする)ときは完全に、現実とは違う世界を楽しんでいます。
だってこんな生活、考えただけでつらい!経験したくない!
本を読んで、わー苦しいって思うだけで充分です。

まあ、もちろん、他にも経験したくない・できないシチュエーションの物語はたくさんあるけれど、この「1984年」のような世界は私にとって現実逃避の最たるものです。

この小説の主人公であるウィンストンは真理省に勤め、歴史記録の改ざん作業を行っています。
これがまた次々と仕事が湧いてくる作業で、もうほんとに読んでいていも気が遠くなりそうでした。
それは常に上書き保存なので、彼らはその作業をしているうちにどこがどう変わって来たのかがわからなくなってしまいます。
ビッグ・ブラザーの狙いはまさにそれなのですが、私たちの記憶というのも記録がなければこんなものです。

大恋愛で始まったはずの関係も、冷めてしまうと初めの頃の気持ちを思い出すのは難しいし、時間が経つといやで別れたはずの恋人でも、いい思い出しか浮かばない、ということもよくあります。
だから私は、こうやって映画や本の感想を書いたり日記をつけておく、というのは後の自分のためだと思っています。

私がこの小説の中で最も印象に残ったのは、最後にウィンストンがジュリアに会うシーンです。

彼女の肉体と顔つき。
精神状態によって見かけが変わってしまう、というのは、「ジキル博士とハイド氏」でも明らかですが、このシーンでも悲しいぐらいの変貌ぶりでした。

そしてもうひとつ、彼女の「本気で言ったんじゃないって振りをすることもあるのかもしれない。でもそれはやっぱり違う。なにかを口走っているときは本気でそう言っているのよ」という言葉にもぞっとしてしまいました。

口にしているということは、少なからずそう思っている。確かにその通りです。
自分は思ってないけど周りに合わせて、などと言っても、やはりほんとうに口にしたくないことは言わないし、いわゆる営業トークなどもまあいってみればうそだったりするわけですが、商品を売るためであっても決して口にしたくないことというのはあります。

発言というのは常に誤解されたりトラブルが起きる可能性があるものです。
そのときに、せめて「自分はその発言に悔いはない」と思えるように、言葉に対するポリシー(なんていうとちょっと大げさに聞こえますが)と発言に対する責任を持つことは大切だなぁと、改めて思います。

「言葉」ということでもうひとつ興味深かったのが、この小説の中で使われる「ニュースピーク」。
なるべく少数の単語を組み合わせて作った簡潔な言語です。
例えば、「良い」「悪い」という反対の意味を持つふたつの単語は、「良い」「良くない」という否定形を使うことによって表されます。
これは、外国語を勉強しているときに、こういう風に簡単にいかないかなぁ、と思うような考え方ですね。
この小説の中のように、自分の考えを持たないことがよいとされる世界であれば、このような言語は簡単でいいと思いますが、単語が少ないということは個性的な表現ができないということなので、やはり簡単ならいいというものではないとも思います。

英語で映画の感想を書くときに、今私が感じている「素晴らしい」というのはどの単語を使ったらいいのだろう?と、この意味を持つ英単語たちとよくにらめっこをします。
なんでこんなにいっぱいあるの?!と思ったりもします。
でもよく考えると、日本語で映画の感想を書くときも「おもしろかった!」とか「よかった!」ぐらいしか使っていないから、ニュースピークでも充分だったりして。

私は、小説を読むときにどれだけ夢中になれるかというのは精神的な要素が絡んでいると思っています。
この小説は最初、なんかだるい内容だなーと思っていたにもかかわらず、気がつくと一気に読み終わっていました。
そうやって惹きこまれる小説に出会ったときって幸せです。(その直後に読む本がつまらなく感じたりもするのだけど)

この本は、いつかどうしても現実逃避がしたくなったときに、もう一度じっくり読みたいと思っています。

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孤独な夜のココア (by 田辺聖子)

Photo© 2010 新潮社

12篇の恋愛短編集。
甘いお話・切ないお話・悲しいお話、内容はいろいろですが、すべてのストーリーで涙が出てきた短編集は初めてです。

ここ数年、彼女の小説を好んで読んでいますが、まったく古さを感じさせないところが素晴らしい。
これ新刊だよ、と言われたらすんなり信じてしまいます。
私が同じことを感じるのがスティーヴィー・ワンダー。
彼の曲はどれを聞いても、新曲でもおかしくないなぁと思います。

この短編集もリリースされたのは1978年。
恋愛観というのは時代ではなく(もちろんその影響もあるとは思いますが)、個人の考え方によるものだということがよくわかります。
彼女の小説に出てくる女性はみんな、しっかりしていてさっぱりしていてものわかりがいい。
そしてなによりかわいらしい。

私が読んだ文庫版は2010年の改版で、作家の綿矢りささんが解説を書いています。
彼女の作品はまだ読んだことがないのですが、とてもいい解説で(この解説でもまた泣いた)、彼女の小説もそのうち読んでみようと思いました。

私は何に関しても、出逢いというのはタイミングが重要だと思っています。
好きになった本があるといつも、今読んでよかった、と思います。
この本も読んだタイミングがよかったのかな。

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